拗ねた仔犬と夏休み
とりあえず一本目。
いつも題名に悩むのに珍しくタイトルありきだったおはなし。
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『拗ねた仔犬と夏休み』
2013年8月頭、ぐるナイ釣り企画オンエア翌日の話。
「っはよ」
「太一くんズルい」
5人揃っての収録日、俺が控え室に入るなり嵩高いうちのボーカルが座卓に肘をつき、拗ねた仔犬の目で見上げてきた。
おいおい、挨拶すらすっ飛ばして何だってんだ、いったい。
「なにがだよ」
珍しく俺と長瀬しかいない楽屋。返した声はいつもより更に若干低く部屋に響く。
いつもの長瀬ならこれくらいでもしっぽ巻いた犬みたいにおとなしくなるはず……なんだけど。
「だってズルいじゃないすか」
お、珍しい。ここでまだ食い下がってくるか。
靴を脱ぐとカバンを誰かの荷物の脇に放って腕を組み、恨みがましげな視線のあいつを見下ろす。
なかなかない角度だなこれ。
「ああん?」
いったい何がズルいって言いたいのかな?長瀬くん。
あいつへの態度がそんな風になるのには理由がある。
昨日夕飯時に見てたこないだのロケ、ぐるナイ釣りバトル。そんなに釣れたわけでもなかったのになぜか去年に引き続きまたブッキングされてたリーダーに対する俺の態度が……なんだかいつもよりエラく友好的に映ってた……気がしたからだ。
げに恐ろしき編集マジック。
特別なんにも考えずいつも通り動いたつもりなんだけどな。まあこっちは番組レギュラーであっちはゲスト、となればやっぱり慣れてる方が気を遣うでしょ?そーいうことだよ、たぶん。
決して作為的なもんじゃなかったぶん、だからこそなんだか尻の座りが悪い。
……こいつの言いたいこともたぶんそれと似たようなことだろう。
そうに違いない。
「太一くん、リーダーと夏満喫してんじゃないすか。一緒に釣りしてリーダーの釣った魚タモで掬ってあげて一緒にうまいもん食って。おまけにどさくさに紛れてリーダーのこと茂呼びしてましたよね?それに……どうせ夜だって遊びにいってたんでしょ?ロイヤルスウィート」
答えがピンポイントで目を見開く。
そして、なんで知ってんだ?お前。
思わず凝視した俺を見て長瀬が若干ふてくされた声で「ほらやっぱり」そう呟いてふてくされる。
自分の感想は棚に放り投げて考える。長瀬お前『やっぱり』ってなんだよ、『やっぱり』って。
「べ、別に俺だけじゃねぇじゃん!こないだの島の三人っ!あの三人のほうがすごかったって!」
耳もしっぽもしゅんとした仔犬に責められてるようで、慌てて別の話題を引っ張り出す。
うっかり『俺がリーダーと夏満喫した』ことを認めちゃってるってことに気づかないくらい焦ってた。
そう、『あの三人』。
DASH島、スタッフも含めほぼ野郎しかいないあの島でリゾラバなんて死語を叫んだ挙げ句に拾った発泡シートをイカダ代わりに海に浮かべ、きゃっきゃきゃっきゃ(としか形容しようがないだろアレは)じゃれあって、デビュー前後にまるで着せ替え人形のようにいろんなポーズをとらされたアイドル誌でもやらなかった(と本人達が肯定してる)男三人の密着映像を日曜の、しかもゴールデンで垂れ流したばっかりだ。
しかも全員アラフォーっ!
舟の上からの飛び込みは最後にはリーダーで綺麗なオチがついたけど、最初の松岡と山口くんのなんかどっちがカッコ良く跳べるかをあの人にアピールしあってるようにしか見えなかった。
たしかにその昔水を苦手としてたなんて嘘のように今じゃすっかり海の男な山口くんと、元々水泳をやってて水系企画が多かった松岡は自分たちのテリトリーで自信満々だし、あの人はあの人でぽや~っと『なんやふたりともエラい張り切ってんなぁ』くらいにしか思ってなかっただろうけど……なにが『俺がまずやってみせるから』だよ。
日頃からメンバーの中でも特にリーダーを放っておけない……もとい、むしろ構いたくて仕方のない二人。間にリーダーをサンドイッチした状態で見せたあの笑顔は俺が知りうる限りでも最上級、そりゃあスタッフカメラも『笑顔認識しまくり』だよね、そう呟いて脱力したくなるくらいのもんだった。
「あれに比べたら俺のなんてかわいいもんだ」
「たしかにリーダーが穫ったサザエものすごくうまそうだったし、島リゾートしてるあの三人もすっげえ楽しそうでしたけど」
「なっ!あっちのほうが絶対すごかったって!」
言葉を重ねた俺の勢いに圧されまいとするように長瀬が口を開く。
「嘘ぉ」
なんだよ嘘って、人聞きの悪い。目線に力を籠めてたらうろたえたように視線を泳がせ、なんだか表情を硬くして言葉を続ける。
「……あ、いや……どっちとか比べようがない気もするんすけど……」
まだ言うか。
そして、なんでいきなりここでトーンダウン?
そう考えたと同時。
「なあ太一、あっち……ってどっちだ?なんか言ったか?」
いきなり後ろからかかった爽やかな声に顔が引きつった。い……いったいいつの間に来てたの?山口くん。
恐る恐る振り返る。
閉めたドアに軽くもたれてこっちを見てる山口くんのその笑顔の明度があまりに高くて、なのに綺麗に引き上げられた両の口角と笑みに細められた瞳の奥の光が表面と裏腹に強い光を湛えていて思わず一歩後ずさった。なんだかエアコンで自動的に調整されてるはずの室温が急に下がった気がする。
「言いたいことは何かな?他人のテリトリーで戸惑うシゲちゃんをいいことにあんなに狭いスペースに囲い込んで独り占めしまくっていた太一くん」
ノーブレスで言い切ったよ、うわやべえ。めちゃくちゃ根に持ってる。
手のひらに汗が滲む。
「あ、あの」
「去年釣果0だった分、今年大漁で嬉しそうにはしゃぐあの人を間近で独占しまくったご感想は?」
たたみかけられて言葉に詰まった。
ああ、もう!
「楽しかったよっ!あんだけ釣れたらそりゃ楽しいよ、楽しくない訳ないじゃん」
ここまで言われたらもう開き直るしかない。
「けど、山口くんや松岡にそこまで言われる筋合いはないと思うけど。山口くんたちだってあれだけ島ではしゃいでたじゃん。夏満喫しまくってたよね?」
山口くんなんてリーダーの海女修行にわざわざくっついて行ってたじゃん、あれって山口くん行く必要性あったの?……さすがにここまで言うと生命の危機が生じるから言葉にはしないけど。
「まあな」
俺がこんな風に切り返すとは思ってなかったらしい山口くんは言葉を探すように口を閉ざす。
だから。
「第一、あれはぐるナイでDASHじゃないじゃん。あの番組じゃあ俺はホストであの人はゲスト、何度も来てるとは言ってもね。なら、配慮するのはこっちでしょ」
「お、そこで開き直るわけだ」
「開き直るっていうか事実だし」
「……いいなあ」
山口くんと俺の応酬の合間に落とされた長瀬の呟き。
「俺も夏満喫したいっす」
声高でない分心の底からそれを望んでる、そうわかる呟き。
さっきの流れからしてその言葉には『リーダーと』が省略されてんだろうな、それが読み取れるくらいには付き合いが長い。
毒気を抜かれて俺らは思わず顔を見合わせ、あいつを振り返った。
「「長瀬……」」
いつの間にか長瀬は三角座りで膝を抱えててデカい背中が心なしか小さく感じる。幻の耳としっぽが垂れ下がって見えてなんだか切なくなった。
元々俺らはみんなこいつに甘い。
どうしようか、目で訊いてみたら山口くんがしばらく考えたあとガリガリと頭を掻き、大きく息をついて口を開いた。
「しゃあねぇなあ。
なあ長瀬、今度の土曜あの人も休みだから久々にセッションしようぜ、って話になって場所押さえたんだけど……都合つくならそれに混ざりにくるか?」
途中突発で一件打ち合わせが入っちまってな、中抜けしなきゃなんねぇんだ、俺が帰ってくるまで相手してやってくれよ。
山口くんの言葉の『セッション』あたりで顔を上げた大型犬は、今や目を輝かせてワクワクをまったく隠してない。
「行きたいっす!ぜひ!!ドラマの撮りが始まるまでまだ間があるし!」
急浮上した末っ子のテンションにほっとしつつ首を傾げる。
『夏』ってキーワードまったくかすってないけど、いいのか?
いいんだろうな。どうせ今もまだ夏真っ盛りだし、それに足りないのはどちらかっていうと『リーダー』なんだろうし。
『リーダー』プラス『ギター』…長瀬にとっては好物の二乗、『いちごの練乳和え食べ放題時間無制限』みたいなもんだ。
そして。
相変わらず鮮やかな手腕だね、感心するわ山口くん……さすがTOKIOの保健室。
だけど、そんなおいしい話なんで長瀬だけに振んの。
ロケの合間の雑談から持ち上がった話なんだろうなと想像はつくけど、こんななりゆきにならなかったら俺らに言う気なかったでしょ。
ここで文句を言ってもしれっと「だって太一が時間あわせんの一番無理そうじゃん」とか返されて終わりだろうしな……けどそんなおいしい話、俺だって黙って見過ごさないからね。
スタジオの時間を確認してるふたりを眺めつつ算段を巡らす。
今度の土曜はたしか大きな収録は午前中のひとつだけのはず……なら心平ちゃんを急かして巻きでいけば。
馴染みのスタジオ、機材は貸して貰えるから身ひとつで大丈夫。譜面はまとめてデータに入ってるし。
うきうきとリーダー補給、そしてセッションを夢見る長瀬に『悪いな、独り占めは無理かもよ』心の中でそう呟く。そしてまだ来てない松岡にも手早くメール。あいつだけ蚊帳の外にするのはあまりにも不憫すぎるから。
お、返信。さすが。リーダーが絡むと苦手なメールも鬼のように早ええな。
返信に踊るびっくりマークの数にあいつの気合いがにじむ。
決まりだね、これは。
このタイミングで外から帰ってきたリーダーは長瀬に飛びつかれてよろけ、展開を予測してたんだろう相棒の腕に支えられてる。振り向いて礼を言い、山口くんの表情から何か読み取ってとりあえずあいつの頭を撫でた。
せっかく夏なんだからたまにはライブとかレコーディングとかそんな差し迫った状況じゃなしにそんな日があってもいいよね。
だって夏なんだから。