JUMBO


 今年のAMBITIOUS JAPANツアーも折り返しを迎えよう、そんな頃の話
である。
 五人揃っての収録日。太一との先撮りコーナーの収録を終えた山口は楽屋のドアを開
け、驚いて立ち止まった。

「………!?うわっ、ちょっ…何コレ!」

 部屋に立ち込める霧、いや煙草の煙で視界は白く霞んでいる。とりあえず扉を閉めた
山口は喉に刺激を感じ、慌てて靴を脱ぐと窓を大きく開けた。溜め息をついて振り返る。

「ねぇ、いったいナニやってんのアナタ」
「………」

 楽屋のもうひとりの主である城島(もう打ち合わせを終えたらしい)に話し掛けた山
口が目にしたのは…更に増産された紫煙と不機嫌オーラ全開の貧乏ゆすり。
 山口はしかし挫ける事なく空気があらかた入れ換わったのを確かめると室温が下がり
すぎないよう窓を閉めて向かいのソファに腰を下ろした。
 珍しいこともあるもんだ、そう思いながら城島を眺めてみる。仕事中に見せる真剣な
カオとはまた違う、一緒にいてもあまり見ることのない険しい表情。ツアー中は一応喉
の具合を気にして控え目な筈の煙草を自制など忘れたかのように灰の山に代えている。
腕組みをし、眉間にはくっきりとした皺。手元のMDウォークマンを聞いてなにやらチ
ェックし、またヘッドフォンに耳を傾けている横顔。
 一年一度のツアーは祭りにも似てみんなのテンションもあがる。城島も機嫌良くツア
ー期間を楽しんでいるようにみえたのだが…。

 時間があるからと静観していた山口。だが城島の不機嫌は収まるどころかどんどん募
って行くようにみえる。あのテンションのまんま行くと言うのだろうか本番に………あ
と10分ちょいで。城島のプロ意識は誰よりも信頼しているが……。
 城島の視線がちらりと壁の時計を掠めるのを見て山口は『心配』は頭から消した。な
んとか持ち直すのだろう…それが城島だ。
 だから、心配…からではなく逆に彼のテンションをあそこまで下げさせるモノ、そん
な不機嫌な表情をしながらも聴き続けているモノ…その中身に興味を覚えて山口はそっ
と立ち上がると城島の背後に回り、彼の不機嫌の種であろうヘッドホンを城島の頭から
取り上げ自分の耳にあててみた。

 驚いて振り返り、たった今山口の存在を認めた城島の一瞬不機嫌を忘れて丸くなった
目。
「………なんだ。今回のツアーのじゃん。なんで今更?テクミスのチェック?」

 TOKIOの音に対して一番手厳しいのはそこいらのライターなんかじゃなくギタリ
スト城島である。
 城島が煙草をもみ消し、スイッチを切る。山口はヘッドホンを外すと城島に渡し、そ
のまま傍らにしゃがみこんだ。右手を城島のひざに置いてなだめるようにリズムを刻み
未だ苛々の余韻を引きずる瞳を覗き込む。

「で、いったい『コレ』の何がそこまでアナタを苛々させてる訳?」

 やっと存在を認識された山口は頬を弛めると左手で城島の眉間の皺を撫で、からかい
の色をもにじませながら口を開く。『不機嫌の素』が《音楽》だったなら城島の言葉に
耳を傾ける事で打開策も見えて来る。

 なだめるような掌に息をつくと目を閉じ山口の体温を感じたままでいる城島。精神的
にとても疲れている時にしか寄りかかって来ない相棒のそんな仕草に山口は目を瞠った。

「言ってみたら?」

 もう一度水を向ける。その思い遣りを受け留めて「あんなぁ…」と城島がその日はじ
めて口を開こうとしたその時ドアをノックする音が楽屋に響いた。
 山口がすっと立ち上がった…のとほぼ同時にドアの陰から長瀬が顔を出す。誰か、を
確認した城島が表情を消した。

「…ぉはよーございますぅ」

 ふたりに挨拶してから城島の方へ向き直った長瀬。

「……………………………ねぇ、あのーリーダー、あのぅ『アレ』チェックして見ても
らえました?……………オレリーダーにこの間言われた事一生懸命考えたんですけどぉ
…ちょっとまだなんか自信なくって…………」

 いつもの長瀬とは違う小さな声に山口の頭に疑問符が浮かぶ。
『天真欄慢、大胆不敵、天衣無縫』が代名詞ないつもの彼とは違う、どこか不安げなあ
まり見たことのない『長瀬智也』がそこに立っていた。

「そうなん……?まぁええわ、入り」

 日頃あきれる位長瀬を猫っ可愛がりしている城島にしてはそっけない言い方と曇った
表情にも山口の眉が寄る。部屋の中に入ってきた長瀬はメンバーの楽屋だというのにま
るで本当にどこかから借りてきた猫のように大人しく、ドアの前につっ立ったまんま城
島の次の言葉を待っていた。

「…なぁ長瀬。あのな………」

 緊迫した空気を破って口を開いた城島が言葉を続けようとした時、またもやノックの
音。

「本番あと5分です」スタッフの声がドアの向こうからかかる。
「…………………」
「………」
「………ぁ、ハイわかりました」

いち早く切り換えた城島が返事を返した。

「……………しゃあないな。つづきは終わってからな」

城島の言葉に長瀬の表情が陰影を帯びる。

「…分かったっす」

 いやに聞き分けの良い……普段とはあきらかに異なるいらえ。まるでデビュー前、初
めて言葉を交した頃のようだ。

「長瀬、仕事や。わかってんな?いっぺんあっちに帰り………太一と松岡が探してんで?
多分」

 長瀬は小さく頷くと来た時と同じように音もなく出て行った。
 不意に部屋に落ちる沈黙。

「…………さあボクらも行こか」

 なにもなかったように振る舞う城島。姿見の前に立って髪型をチェックする城島の
腕を捕まえて振り向かせ、山口は口を開く。

「…………何アレ?いったいなんのハナシだよ」

 不機嫌丸出しの押し殺した強い響き。
 話に入れなかった、どころか見えもしなくて苛立つ山口を察して城島はわざと渋面を
作りながら言葉を唇にのせる。

「『アレ』がボクのさっきまでのイライラの素や」
「……ふーん。…って長瀬が?!」

 城島の表情に気を取られていた山口は反応が少し遅れる。

「…………正確には『長瀬そのもの』とはちょっとちゃうんやけどな」

 そんな山口の反応もすべて見通しているかのような城島はそう呟くとスッと仕事用の
顔になり「とにかく話は終わってから、や。長瀬のフォローおまえもしたってな」そう
続けながら廊下へと続くドアを開けた。





 本番開始。
 いつもあまり喋る方ではない長瀬がこの日何故だかとても饒舌でスタジオは湧いた。
ゲストのトークも弾んで規定の収録時間をオーバーしそうな位。……だから観覧に来て
いたファンはきっと気付いていない。長瀬の視線がその日はずっとゲストではなく城島
を追い掛けていた事、その両手がずっと祈るように組まれていた事に。

 本番終了。
 メイクを落としさっさと私服に着替えた山口は帰って来ない城島を気遣いながら頭を
巡らせる。リハに時間を割くようスケジュールが組まれているので今日の仕事は溜め撮
りのこれだけ、あとはスタジオに移動だ。

 ファンの目は誤魔化せたかもしれないがメンバーがそれに引っ掛かるワケがない。
長瀬のテンションが高くなるのと反比例するように国分と松岡の表情に不安気なものが
混ざり、山口は隣からは国分の、向かいからは松岡の『なんなの、いったい何やったの
アイツに、リーダー』ときつい無言の詰問オーラを浴びるハメになった。『オレにだっ
てわかんねぇんだよ!』こころの中で毒づいてみる。見えない状況に一番苛立っていた
のは山口だった。
 五人しかいないメンバー。それぞれの関係がみんなそれぞれ『特別』で、そんな関係
をすべて把握しようなんて思っていないし、したいともできるとも思わないが…。

 いつの間にか城島が控室に戻っていた。すっかりオフモードにもう戻ってけげんな顏
で山口を窺っている。

「なぁ、いったいどないしたん?」

 のんきなその物言いに山口は脱力する。

「どないしたん…ってそれはオレのセリフじゃねぇ?さっきのちゃんと説明しろよ」

 ついつい口調がきつくなるのは仕方ない事だろう。

「………それかぁ。それやったらさっき太一と松岡にも声かけといたし、みんな揃て
からな」

 心配掛けんなぁ、となだめるように肩を叩かれいつの間にか立場が逆転しているのに
気付く。年上の『余裕』を見せられたようでちょっと凹んだけれど、それだけ城島は冷
静だという事なのだろう。話がどう展開するのかわからない以上城島の冷静さを信じる
しかなかった。

「はいるよ」

 速いノックと共にドアが開いて国分の顔が覗く。そのまましばらくじっと城島の顔を
みつめた国分が硬い表情で背後を振り返って合図すると、長瀬を引き摺るように松岡が
入ってきた。ずっと下を向いたまま顔を上げようとしない長瀬。背後でパタンとドアが
閉まった。
 本番も終わった『楽屋』に今更ながら満ちる奇妙な緊迫感。沈黙を破って口を開いた
のは城島。長瀬をまっすぐ見詰めて放たれる言葉。

「なあ長瀬、さっきの続きなんやけどな。結論から言うで………さっきの答えな、そ
のまんまなんやったら悪いとは思うんやけど。あかん不合格や」



「……………………………………………………………………ぇっ?」
 
言われた言葉に長瀬はひと声発しただけで硬直してしまった。


 城島の言葉にひどくショックを受けた様子の長瀬。
 話の展開について行けずにただの傍観者になっていた三人は、ショック状態の長瀬を
見て我に返りやっと口を挟んだ。

「ねぇねぇ一体何の話?なんだかオレ話が全然見えないんだけどリーダー」
「いったいなんの話なのよ。兄ぃは知ってんじゃねぇの?」

 無言で首を振る山口。
 とりあえず色をなくした長瀬を松岡が手近なイスに座らせてやる。それから三人は城
島と長瀬を結ぶラインにそれぞれ腰掛けるとじっと城島を注視した。

「ねぇ茂くん、さっきも言ったけどきちんと最初から説明してよ。オレたちまったく
全然ハナシが見えないんだけど。なんで長瀬がこんな『世界の終わり』みたいな顔に
なってんのか」

 努めていつものテンションで山口が口を開く。

「そやろな。やって僕と長瀬の話やし、まだみんなにはゆうてへんもん」
「TOKIOの話なんじゃねえの?」

 喋っている山口と城島を食い入るようにみつめる国分と松岡。

「長瀬と僕の、話なんやけどな…まぁTOKIOに関する話ではあるわな」

その言葉に部屋の中の空気が軋んだ。

「………じゃあなんでオレらは蚊帳の外なんだよ」

 地の底を這うように低い国分の声。

「長瀬がこんなショックを受ける事って?いったい何言ったのよリィダァ」

 対照的に声の裏返る松岡。

「あ……いや別に故意に外してた、ゆう訳やないねんけど」

 歯切れの悪い城島の口調にメンバーの機嫌がさらに降下する。

「なんの話だよ。だからわかるように説明しろって言ってんだろ」

 どんどん悪化していく三人の心理状態を読み取った城島はこっそり溜め息を逃し口を
開いた。

「…どこから話したらええんかな。あんなぁ…本番前に僕がMD聞いてて不機嫌やっ
たんは見てたよなぁ、山口」

 城島の問掛けに口を尖らせながらも、きちんと答えてやる山口。

「ああ、すごい煙幕張ってたね、アナタ」
「あの時やあ…長瀬のパートのチェックしてたんよ」
「ふ〜ん。なんの為に?」

 城島の行動とこの『世界の終わり』な表情の長瀬にどんな因果関係があるのだろう。



「……………オレがリーダーに曲頼んでて」

 それまで一言も喋らなかった長瀬が依然うちひしがれた様子でボソボソと口を開いた。

「「「曲?」」」

 思いもよらない方向にころがる話に三人から声が上がる。
 うなだれたまま頷く長瀬。

「………そうっす。……………………………………………………だって山口くんもま
ぼもリーダーに曲書いてもらったじゃないですか」
「曲ったってオマエ…」

 いつも歌ってるじゃねぇか、そう続けようとした山口の声は悲しげな長瀬の言葉に遮
られる。

「だって山口くんの『BabyBlue』もまぼの『midnightrose』も
どっちも『そのひとのために』書かれた曲じゃないですか。オレもリーダーに『オレ
の為の曲』作ってもらいたいんですよぉ」

 情けない表情で続ける長瀬。

『オレンジ色の太陽』『COOLSOROCK』『徒然2コード』『城島SONG』
……たしかに城島が作った曲に長瀬が単独で歌っている曲はない。けれど………。

「けど、『クソロック』も『徒然』も『城島SONG』もメインで歌ってるじゃん」

 松岡が指摘する。

「……全然違うじゃないですかぁ。ぐっさんやまぼのはホント『そのひとの為の』だ
もん」
「「……」」

 萎れた長瀬を見てしまうとなぜか感じずにいられない罪悪感。自分に落ち度はないは
ず…と思いつつ思わず助け船を出す松岡。

「…作ってやったら?リィダァ」国分や山口の目も同意している。
「あんなぁ、作んのは別に嫌やない、構わへんねん」

 別にいじめよ思てる訳やないし……そういう城島の表情は曇ったまま。

「せやけど今回の…いやこれまでのツアーでずっと引っ掛かっとったコトがあって」
「引っ掛かったコト?」
「長瀬の歌で?」

 三人の脳裏をざあっと今回の構成が駆け巡る。

「うん。やから作ってもええけどちょっと条件出したん。とりあえずこのツアーの音
源をチェックして僕の決めた基準をクリアする事、それと…」

 一旦言葉を切った城島は溜め息を吐くと続きを告げる。

「長瀬に考えて欲しいこと…言うたら『宿題』出したん」
「…宿題?」
「長瀬に?!」
「よりによって…アナタが?」

 三人の反応はもっともだろう。まだ小学生の頃からこの仕事をしていた長瀬。夏休み
冬休みはもちろん普段から『宿題』を手伝わされた人間ばかりなのである。集中力はず
ば抜けているのに、右から左へと抜けていく知識。そしてその時一番苦労したはずの
『家庭教師1号』な城島が敢えて出した『宿題』…。

「うん…そうやねんけどな」

 と哀しそうな目線で三人を見渡す。

「長瀬自信ないって。答えてもくれへんねん」
「ぁ、もしかして本番前のアレ?」

 先刻の長瀬の態度にやっと合点がいったらしい山口。

「アレって?」

 国分の問いかけ。

「本番前に長瀬が茂くんのとこへ来たんだよすっげえしょげながら。まるで叱られに
来た子供みたいにさ」

 ソファで身動ぎし小さく首肯する城島。

「僕の基準の方もアウトやってん。その上答えもみつけられへん…じゃあやりとうて
もやられへんやんか、曲」
「………リーダー」

 涙目な長瀬をみかねて口を挟む山口。

「茂くんの方のボーダーはなんだったの?」
「………長瀬がどれぐらい間違わんとちゃんと歌えてるか」
「「「はぁ?」」」

 驚きで口が半開きなままになる三人。

「10周年を僕らはあんまり節目とか考えてないけど、まわりから見たらやっぱり区
切りやんか。振り返って見てちょっとずつでも前に進めてる…そうは思うんやけど、
長瀬の詞の間違いグセだけはいっこも直ってない気がすんねん」
「「「「……………」」」」
「僕がさっきまで、やった所のチェックしてたらやぁ……何箇所間違えてた思う?ひ
どいとこやったら半分以上やねんで」
「ぇ、18曲のうちの?」
「そう。まあ正確には山口・太一のんと僕らのを抜いて16曲のうち、やけど」
「そんな間違ってたっけ」

 記憶を辿ってみる。長瀬の『間違いグセ』はもはやTOKIOの『名物』だとメンバ
ーのみならずファンも思っている節があるのでどのくらいの頻度か、なんて今更数えて
見た事はなかったが…。

「そうですよぉそんな間違えてないっすよ」長瀬も言い募る。
「いいや間違えとった。もしかしたら長瀬自身は気ィ付いてないんかもしれんけど」

 その可能性はデカいかも…三人の胸の内に浮かぶ危惧。

「たしかにライブは『ナマモノ』やし勢いもすごい大事や、それはわかってるよ。
それに、それをネタに出来るずぶとさも身に付いたと思う………………やけど」

 そこで言葉を一旦切った城島は子を諭す母のような眼差しになって長瀬の目を見詰め、
話の方向を変えた。

「なぁ長瀬、僕の出した問題、考えるんは考えたんやろ?」

 こくり、と頷く長瀬。

「それやったら自信なくてもええから言うてみ?ボーカルにとって歌う時考えなあか
ん事、長瀬の思た通りでええから」

 躊躇し言葉を探しながら長瀬は口を開いた。

「ぇっとぉ…音を外さないコト、と歌詞を間違えないコトとぉ……オレが気持ち良く
歌うコト…これじゃダメですか?こんなのしか思い付かなかったんですけど」

 長瀬らしい答えといえば答えだが。

「…間違いではないわな。元々きちんとした『正解』なんてあらへん問題やし」

 城島は残りの三人に『もうちょっと付き合うてな』と目線を流すと続けた。

「『正解』はそれぞれの胸の中にあるんよ。ごめんな、こんなややこしい宿題出して
…でも、長瀬には考えてほしかってん。音を外さんこと、歌詞を間違えへんこと。こ
れはな、『技術』の話で練習でしかスキルアップして行かれへんことやん。ホンマの
ホンマはここまでは基本やろ?」

 真剣に聞き入る横顔。

「三つ目の長瀬が気持ち良う歌う、いうんは『こころ』の話や。さっきも言うたけど
ライブはホンマに『ナマモン』やから一回一回真剣勝負やし、おんなじライブは二度
あらへん。長瀬が気持ち良う歌ってこそ僕らの気持ちがお客さんに伝わるんやから気
持ちよう歌うて欲しい…………………………………………………………………………
……………………………………………………………………………………………………
…………………………………………………………………………………………………… 
せやけど長瀬。長瀬が気持ち良う歌って『想い』を届けよう、そう思うんやったら歌
ってる自分のこころと一緒に『詞に込められた想い』も大切にしてくれへんか?」

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