進化形進行形
【M 】
兄ぃから零れ落ちた一言が胸に波紋を広げた
***
どうしても『あの場所』へ行きたかったから。
俺が事務所に入って三か月。ようやく雰囲気に慣れてきたころ、なんだか気になってたまらない先輩たちがいた。
なぜか、どんなレッスンにも(まったく関係のないボイストレーニングやダンスレッスンにさえ)いっつも楽器のソフトケースを肩に掛けて現れるその二人連れは少年隊や光GENJIを筆頭とするダンスグループ全盛の流れな事務所の中で結構異彩を放ってる。
けれど、それを別に気にする様子もない。
「あいつら踊れないから楽器やってんだよ。だせぇよな」
なんて陰口も聞こえて来たけど実際はちゃんと踊れるのも目にした。少年隊さん……中でもすべてに厳しいと評判の東山さんがバックを自分の認めない後輩に任せるわけもない。
その上であの人たちの意識の中での優先順位が『バンド>ダンス』なんだってのが『我が道をゆく』って感じに見えて格好よく思った。実際、空き部屋で練習してる二人を見かけるけど、ダンスと同じ……いやダンス以上に真剣に練習していて俺の視線にも気づかない。すげぇ集中力。
だけど周りの奴らは…。
事務所にいるような奴らは(俺も含めてだけど)それぞれがルックスに自信のある『お山の大将』タイプばっかだ。それだけにみんな『オレが一番』そんな意識が強くて口が悪い。
『しゃべり方がぎこちない』
『なに、あの瓶底メガネ』
『なんで山口くんがあんな冴えないのに入れ込んでんのかまったく理解できねぇわ』
そいつらに言われる対象になるのはほとんどいつもコンビの片方ばかりで…俺にとっての憧れに向けられる暴力的な言葉に表立っては反論しなかったけど、ひそかに拳を握った。
俺が事務所に入るころには大きな役でないにしろ、もうテレビに出始めていたその人はどちらかって言うと……普段は大人しくて物静かなのに妙に存在感があって、不意に向けられる微笑みが優しくて目が吸い寄せられて離せない、そんなイメージなんだけどな、俺にとっては。隣にいるもう一方の人の明るくざっくばらんな雰囲気の人とは『静』と『動』って感じで対照的だけど、だからこそ、対のように並んでいるとしっくりくる。
憧れてる、といっても接点は無い。『格好いいよなぁ』そう遠くから眺めるのが精一杯。
そんな時耳にしたあの人達によるドラムのメンバーオーディション。
よく知らなかったけどギターとベースにドラムをプラスするとバンドの最小単位ってのになんの?
それってもしかすると俺に取って人生最大のラッキーかも。うち父ちゃんドラマーだったし俺もたまに叩かせてもらってたし……張り切って手を上げて、はじめてきちんとあの人達の視界に入れてもらった時のドキドキとワクワク。
だって12とか13とかの中坊にとっての20歳前だよ?それこそ手の届かない雲の上の存在、そんな感じだったんだから。
苦笑されながら、だったけどOKがもらえて俺は舞い上がった。それが俺の一歩目。
ドラムってのは馬鹿でかいからギターなんかみたいになかなか家には置けないしバカ高い。だから普段は雑誌にタオルを重ねてそれを叩いたり、それが精一杯。だから師匠のとこや借りたスタジオで触る時は真剣勝負。
シンバルの位置を調整して、バスドラを踏んでみて……良し良し。
あの人達の演奏を頭ん中に描きながらスティックでカウントを取り、ドンカマからのリズムに集中した。
※ドンカマ……スタジオなどで使用するリズムマシンみたいなもの。演奏時にヘッドホン等で聞きながら、リズムが狂わないようにします。
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【N】
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