あきまつり
「なぁ」
懸命に見上げてくる瞳に根負けして頷いた。
夏祭りの日に迷子になってからというもの、ひとりで外に出かけちゃ駄目、庭に出るのにも誰かに声をかけなくちゃ駄目、出る時でもちゃんと手をつながなきゃ駄目、必ず携帯を持たなくちゃ駄目と山ほど禁止令が出てしょげてた茂くん。
お預けだのなんだの言いながらもいそいそと作ってた松岡の新作おやつでご機嫌が上向きになってからはそれでもみんなを心配させてるのがわかるのかおとなしくしてたんだけど。
かすかに聞こえてきたカネの音、太鼓の響き、人のざわめき…そんなのに辛抱できなくなったらしい。察するにだんじりが地域を巡ってきてるみたいだ。
「なぁって」
今、家に居るのは保育園から一緒に帰ってきた茂くんと今日のお迎え当番だった俺だけ。だから茂くんもOKを出してもらおうと必死になるわけだ。
じっと見上げてくる、みんなに愛され守られるようにできているちびっ子特有のまあるい輪郭、黒目がちな瞳。
ああもう!
「内緒にできる?」
「ないしょ?」
問いかけにきょとんと首を傾げる。
「そう。バレると後で面倒くさくなるのが目にみえてるからね」
「うん!シゲ、ないしょ!ないしょにする!」
たぶん無理だろうけどな…でもまあ一応。
それぞれ仕事が忙しい時期らしく朝早くから夜遅くまで人の出入りが激しい。それは裏を返せば前の夏祭りん時みたいにみんな揃ってってのは無理だってことだ。
腰を落としてワクワクキラキラな表情で胸躍らせてる4歳児に視線を合わせじっと見つめる。
「まだ覚えてるよね、夏祭りん時のこと」
「うん?う…ん」
「もう一回あんなことがあったらさ、茂くんこれからもう一歩も家から出してもらえなくなるよ。わかってる?」
「えー?…うん、でもそんなんイヤやもん。やからシゲもうまいご、ならへん」
「迷子になろうとして迷子になる人間はたぶんそういないと思うけどね。大丈夫?」
「だいじょぉぶ」
「ほんと?」
「だいじょぉぶ、たいちのて、ギュッとしとくから」
こんなふうに、と俺の左手を握る。あの時俺たちの手をすり抜けてしまいそうになったちっちゃな手。あんな思いはもう二度とごめんだ。
こつん、おでこに額をくっつけた。茂くんの瞳の中にちっちゃく俺が映ってる。
「絶対だよ」
「うんじぇったい」
色素の薄い茶色の目に念押しして立ち上がった。
「なら行こ。急がないと通り過ぎてっちゃうよ」
「うんっ!」
顔を輝かせてそのまんまの格好で靴を履きに玄関に向かって飛び出してく様子に慌てて二人分の上着をひっつかんで後を追った。もう夕方は冷える。
*****
「「……ただ…いまぁ」」
様子を窺いながら玄関のドアを開ける。人の気配のない、静まり返った室内。
「ふう…結局長居しちゃったから焦ったけどなんとかセーフかな、まだ誰も帰ってないわ」
「しぇーふ?」
相変わらず発音の怪しい茂くんのセーフ。
連れ立って洗面所にむかう。
手洗いうがいを済ませてほっと一息、松岡が作りおいていってくれたおでんメインな晩飯をありがたく頂いて…てもまだ誰一人帰って来ねえ。
「そうや、たいちのかたぐるましゅごかった。またしてな?」
膝の上に座ってテレビを眺めてた茂くんが思い出したかのように首をひねって見上げてくる。
約束はしたものの、いざまつりの行列?を目にしたらなにもかも吹っ飛んでだんじり
に向かってダッシュしようとした茂くん。約束は覚えてると思うけどちびには目の前
の世界がすべて、もうそれは前回のことで身にしみたから見失わないよう捕まえて
肩にのっけた。だてに毎日走り込んでるわけじゃない。
肩車、出だしの数歩若干よろついたのはご愛嬌ってやつだ、うん。
『たいちあんがとぉ。だんじりめっちゃみえる!』
『っ!上で足バタバタさせちゃ駄目だって!』
『ぁ、ごめん』
『くっついて行きたいんならおとなしくする!』
『わかった〜!あ、おっちゃん♪』
『こんちは〜!』
『おっ、ぼうず!』
『ぼうずちゃうーしげるー!!』
『お、すまんすまん。なんだ、今日はふたりだけか』
夏祭りん時に茂くんを助けてくれた棟梁に再会したり、そんなやり取りのあとなんと
か肩の上で落ち着いてくれた茂くんと五穀豊穣の秋祭りを楽しんだ。
「普段は俺がする余地ないからね」
茂くんを肩車しようとする手は争奪戦になるくらいたくさんあるから。
茂くんを肩車する山口くんの揺るぎない安定感、松岡長瀬は上背があるから余裕も有るよな…そんな記憶を脳内再生して明日からの走り込みの距離をさらに増やそうと心に誓う。いやこの場合、必要なのは走り込みより筋トレか?
「またやってもいいけどさ、でも今日のことは内緒だからね!」
「あ」
すっかりすべてふっ飛ばしていた茂くんと、も一度約束を再確認。いっぺんに三人 を敵に回すのはさすがにリスクがデカい。
「内緒だよ」
「うん。内緒のひみつ、な?」
「じゃあ」
「「ゆびきりげんまん、うっそついたらはりせんぼんの〜ます。ゆびきった!」」
まあ、あのシチュエーションで茂くんに勝てるヤツはうちには存在しないからほんとはそこまでの自衛策は必要ないはずだけど…『俺が連れて行きたかった』『おねだりする茂くんの姿を独り占めするなんてずるい』『俺もまつり行きたかった』そんな筋違いな八つ当たりを絶対食らうから。
こうして茂くんと俺の秘密は守られた………とりあえず二三日は。
数日後。珍しく揃っての夕飯後。
「シ〜ゲ」
「なん?」
いつものように山口くんが茂くんを呼ぶ、極上の笑顔で。それは別にいつも通りの光景…なんだけど。
とてとて近づいた茂くんの肩に手を置きながら山口くんが訊く。
「シゲ、こないだおまつり行ったんだって?太一とふたりで。たのしかった?」
げ、なんで。いったいどこから。山口くんの表情からすると茂くんからぼろが出たんじゃなさそうだけど、俺なんかヘマしたっけ。内心うろたえる。
「だれからきいたん?ないしょやったのに」
きょとんとした目で山口くんを見上げる茂くん。
…いや茂くん、それは直接じゃないけど言っちゃってるのと変わんないから。
「うそ、そんなの一言も」
「え〜〜〜〜?!ほんとっすか?ずるい、俺も行きたかった〜っ!!」
その言葉に対してあの時思ったそのままのリアクションが下二人から。
脱力しつつ内心で焦る俺を尻目に「へぇ、ないしょねぇ」そういって山口くんが俺の方を向いてにこりとこの上なく綺麗に笑った。
「棟梁に会ったんだよ、駅からの帰り道」
「おっちゃん?」
そっちルートか!蛇ににらまれたカエルよろしく冷や汗をかきながら明らかになった想像を超える情報源に頭を抱えたい気分になった。こっちに向けられる三対の恨みがましげな視線。
ええい!
「しゃあねえじゃん、あの場面にいたのがたとえ誰だったとしても絶対こうなってたって。あの日一緒にいたのがたまたま俺だっただけだよ、恨むならあの場にいなかった自分を恨め!!」
ぜいぜい、言い切って肩で息をつく。第一あの日帰ってきたの23時台とか午前様の人間に言われたくねえよ、そう付け加える。今、俺にできるのは開き直ることだけだ。
「「「……」」」
俺の勢いに目を見開いた三人があの日の自分たちの帰宅時間を突きつけられて言葉につまる。
「あんな、あんな?しげが『おまつりいこ!』てたいちにゆうてん。やから。
そいでな、おまつり、めちゃたのしかった……けど、たのしかったけど、こんどはまたみんなでいこな?しげ、みんなといっしょがええ」
な?と傾げられる頭。
さんきゅ、茂くん。
意図せず出された助け舟。みんなの顔がだらしなくゆるんだ、多分俺も。
「次からは最優先で空けますっ!」
「うん、全力で調整するわ」
「どうせだったらいっそのこと溜まってくばっかの年休取ろうかな」
「その案いいっすね!」
わいわいがやがや、いつものにぎやかさに戻ったリビングの片隅でなんとかことが丸く収まったことにほっとひとつ息をついた。
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いったいいつ以来だ、というちびシゲシリーズ。今回書きたかったのは『おでこにこつん』『太一さんがちびシゲを肩車』だったので非常に満足です…映像が降ってきて書いてるんですがそれを絵にできないのが口惜しい。画才が欲しいです。
ホムクルオンリーの話にして〆たほうがすっきりしたかと反省しつつ。でも露見しないはずはないだろ?出せ!と後の三人が主張するので蛇足ということで。
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