『火サス崖』




「シゲ…」
「……んー?」
「シゲー、あの花が欲しいー」

何の気なしに呼び掛けられてつい普通に返事をしてからボクはその呼ばれ方に気が付
いてくちびるを『ヘ』の字に曲げた……。

あのあとスタッフと合流して島探検に出かけたボクは山口に手を貸してもらいながら
やっと多少傾斜が緩やかな場所であるここに辿り着いて一息ついていた。


「はぁ…探検家への道は険しいなぁ」
「面白いけどほとんどロッククライミングの世界だよね…」
「昔『近道vs回り道』の時、長瀬がやったやんロッククライミング。長瀬が登った
んはもっと垂直やったけどあいつがあれやったん二十歳前やろ?三十路のボクらが登
ってきたこれときつさ比べたらほぼ互角ちゃう?」
「あったね〜。でも、もしかして俺等の方が苛酷かもよ?だってあいつは別に下山
ルートがあったけどこっちはあの道をまた降りなきゃ、なんだから…」

ペットボトルのお茶を回し飲みしながら顔を見合わせる。いかな体力自慢のこいつも
呼吸を弾ませてる…恐るべし大崎島。
崖だらけ。岩だらけ。さっきこいつが言いよった『多分イグアナいるよここ』なんて
セリフに思わず同意したくなった。


カメラが回る。

仕事のためなら……そう思うけどなんでそない絶壁に近付かんとあかんの?腰が引け
る膝がわらう…ついには這うようにして下を覗き込んだ。実はボクとかわらんくらい
こんな場所が苦手なこいつも横で同じような格好になってるのがおかしい。
海を覗いただけで言葉をなくす……………乱反射する水面に引き込まれそうな感覚。

思わずぎゅっと目を瞑った。そんな時だったからこいつの言葉に素で返事をしてしま
ったのだ。

こたえてから気付く。オマエなんでカメラ回ってんのにそんな呼び方すんねん……。

傍らにある『してやったり』な笑顔。あとで聞いたら『とっさに出ちゃったんだよー』
とかぬかしてたけどあれは絶対確信犯や、完璧。


普段カメラの前ではちゃんと使い分けてるのになんで?さっきの橋といいこれといい
かなりガキ丸出し。いや、ボクも楽しんでないなんて言えへんし言わへんけど。

こいつがなにを意図してるのか全然よめないボクはとりあえずスルーして様子を見る
事にした。


まぁあのシーンがお茶の間に流れても一回だけだし問題はないだろう。もとよりこい
つは画面の中でボクの事をリーダー呼びだけでなく城ちゃんやら城さん、茂くん、挙
句の果てにはジョーなんてどこかのアメコミのヒーローみたいな呼び方までしてるん
だし。

オンとオフの区別が曖昧になるから、と『リーダー呼び』を頼んだ頃とは違うし一回
だけだし………そうぐるぐる考えているボクの隣でこいつはいったいなにを願ってい
るのだろうか、そんなご機嫌そうな顔で何を…弁天様に。

『昼飯がはやく食べられますようにとか願ってるんとちゃうやろなぁ』ありえる想像
に心の中隣の横顔に突っ込みを入れてからボクも神妙に手を合わせた。








その後画面の中から溢れる勢いな『シゲ呼び』に『山口くんて普段はリーダーのこと
シゲって呼んでるのね〜』という認識が根付くようになることをボクはまだ知る由も
ない…。

end.

******

このレポのメインになるはずだった『火サス崖』。あれか?それか?もしかしてこれ?
…………候補物件が多すぎて特定に至りませんでした。
それだけ『断崖』だらけな島だったということで。
かなりいっぱいいっぱいでした。茂さんも恐々〜みたいに覗いてましたが。
だからでしょうか。「しげ…」「………ん?」がとってもフツー、普段のやりとりに
聞こえてそのやりとりの『内容』よりも『響き』にばかり気を取られてた覚えがあり
ます…。



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