おもい
暇つぶしに拾い読みしてた雑誌から顔を上げたら隣で資料に目を通してたはずの人の手が止まってた。新幹線の窓の外にぼんやり見入ってる。その表情がなんだか気になった。
「なにぼーっと見てんの?なんかアナタの目をひくもんでもあった?」
「ぇ?ああ。いや、なんか、もう春なんやなぁって」
公共の場だからと小声で囁いたのと同じようにひそめられた声が返ってくる。
「は?まさか暦もわかんなくなったとか言わないでよ?シゲさん。これから楽しいライブだよ?」
「さすがに今日が何月何日で今日の会場がどこかくらいは把握してるわ、とりあえずは。
あんな、こないだライブ行く時に空から眺めた時は高度もあったし霞んでてあんまり見えんかったけど、こうやって新幹線から見てたらもうみんな田んぼや畑の準備してはるやん。うちらも準備せななぁ、て思てたん」
「シゲ…」
『とりあえず』かよっ、そこを拾うべきかと思ったけど続けられたつぶやきに言葉を見つけられなくてただ名前を呼ぶことしかできなかった。
たしかにガラスの向こうを流れてく景色は俺らが十年くらいずっと取り組んできたものとだぶって見える。
「ごめんなぁ、やまぐち。別にそんな顔させたい訳やあらへんねん。わかってる、今の段階じゃあ難しいって…みんなで散々話もしたし。あの日着の身着のまま、全部やりっぱなし置きっぱなしで逃げてそれきり。村の様子をちゃんと確認することすら叶わんのやから。
でもな、頭ではちゃんと理解してるつもりやねんけど、からだの奥の方から『もうそろそろ動き出さな』ってせかされてる感じがするん…なんか落ち着かへんねん」
うまいこと言われへんねんけどな、と曖昧に笑うシゲ。
なんで謝んの…べつに謝るようなことなんてひとつも言ってないじゃん。
「ああそれならわかる、なんかおちつかないよね。春先って田んぼの他にもやること山ほどあって段取り組むの大変だもん、毎年。それを10年もっと繰り返してきたんだからやっぱり染みついてるんだよカラダに。こんなことになって実感するってのもなんなんだけど」
「そうなんやろうな。春だけや無くて冷夏や猛暑や長雨や、て毎年なんかに振り回されてるしな」
シゲはまた口を閉ざして頬杖をつきながら流れる田園風景をみつめてる。
その引き結ばれた口元、横顔がやけに淋しそうに見えた。
だからことさら明るい調子で続ける。
「ねぇ、シゲさん。しんみりに水を差すようで悪いけどそんな感傷に浸ってる暇なんかないよ?今のうちにいろんなとこに修行に行って、スキルアップして村に帰るんでしょ?」
みんなで何度も、ほんとに何度も話しあって出した答え。
たとえ時間がかかっても、どんな困難が行く手に立ちふさがっても道を探る。『もうこうなったら最後は気合いと根性だ』だって話になって…つくづく体育会系だね俺たちって笑ったの、覚えてるでしょ?
あのとき言ってたじゃん。言い出したのは誰だ?・・・漫画好きの松岡だったっけか。
「ねぇ、シゲ」
「ん?」
「諦めたら」
「そこで「試合終了ですよ」」
俺の口調と言葉にピンときたシゲが台詞を重ねてきてふたりして笑った。
ああ、やっと笑ったね。
「安西監督や・・・・・・でもほんまやな、うっかり忘れてたわ僕としたことが」
「そうそう、ツアータイトル曲な『++ PLUS ++』をつくった人がマイナス思考じゃあね」
そんなんじゃ今日のライブの出来も知れるってもんだ。
表情の柔らかくなった人の横顔を眺めながら心で再確認する。
あきらめたりしない、絶対に。
いつかみんなで帰るんだ −地図には載ってない、あの約束の場所− に。
ブログにも書きましたが、そんな彼らや豊かな時間をくれた村を応援する企画、はじめます。

良ければ遊びに来て下さい。
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