--カゼ ニ アソバレテ--











「ほんま誤算やったわ」

くわえ煙草でぼやくアナタの口からこぼれるのはもう何度目になるのかわからないため
いき。

「たしかに。こうなるとはねぇ」

返す俺も同じくらい沈んだトーン。
そうだね、こんな風に感情を持て余すようになるなんてたぶん俺らのうち誰一人として
予想してなかった。

「今日みたいに週末たまぁにうちに居んのがどうにも落ち着かんでなぁ…まぁ今思たら
この展開が決まったときから半分は予測出来てたことなんやけど」

こないだなんか自分抜きでライブの幕が上がった夢見て『うわ、寝過ごした!』て飛び
起きたんよ…夜明け前に。で、起きたら全身冷や汗びっしょりやってん。
スケジュールが多少緩うて身体的には楽やろっていわれるけど、かえって精神衛生上悪
いわこんなん。



はぁ…。
一際大きく息をこぼして力なくタバコを灰皿でもみ消すとシゲは傍らに置いてあった
アコギを引き寄せ、まるで縋るかのようにまた弾き出した。

どこかいつもより覇気のない虚ろな音。

じゅのんがソファの足元で気遣うようにクゥーンと鼻をならす。俺は足元のラグに座っ
てじゅのんの頭を撫でながらアナタを横目で見上げつつ薄くなったグラスを呷った。





インドア派の極みみたいなこの人が貴重な全オフにわざわざ俺んちまでやってきた……
『うちに居っても落ち着かんから』ってそんな理由だけで。


飲んで食って言いたいだけうだうだ好きなこと言いあってるうちにちょっとずつ浮上す
る、いつもの俺らのパターン。
今日みたいな時もあれば俺がシゲのマンションに転がりこむこともある。
しょげてるあいつらを叱咤してる手前こんな弱っちい情けない顔あいつらには見せられ
ねえし。


たしかに年明けからいつもとは違うペースで時間が流れててどうにも調子が出ない。
原因も解決法もはっきりわかってんだけどね…こればっかりは自分やメンバーの力だけ
じゃどうしょうもないから。

「たしかに夏にGIGs演っていつもの時期にとらわれんでもええかなぁ、それより納得
いくもんを、て思たんもほんまやけど……頭でわかってるんと実際はやっぱり全然ちゃ
うわ、堪えるー」

シゲに発症してんのは『音楽足りない病』。
この人にしたら相当珍しい音楽面での泣き言…あいつらが見たらびっくりするかもしれ
ない。
かなりまいってる感じだね…人のこと言えないけどさ。

いつもなら今頃は週末ごとにライブで日本全国飛び回ってる時期なんだよなぁ…ってか
いつもでももうラストスパートじゃん。そう考えたら不意にたまらなくさびしくなる。
もうここ5年6年ずっとそうだったんだ、『この時期はライブ』って身体にもう細胞レ
ベルでしみこんでる。

個人の仕事が多くてコンスタントにずっと音楽に触れてられる訳じゃない俺らにとって
ライブはすごい、シゲに言わせりゃ『めっちゃ貴重な』エネルギー源……だからこそ
この人や俺がこんなに萎れてる訳で。



「こないだロケ行ったやんか、ストレスの」

手を止め萎れたまんまの格好で口をひらいたアナタ。

「ああ太一と行ったってやつ?」

たしかストレス解消法をいろいろ試しに行ったんだったよね?

「うん、いろんな発散方法があって結構面白かってんけどな、けど………………………
………所詮そんなん付け焼き刃やん、言うたら。全然敵わへんのよライブに。
あの解放感に」

シゲはギターを壁に立てかけ背もたれに懐いちまった。

「もうすでに知っちゃってるからね、俺らの場合。最強の解消法を」

そりゃそうだ。

はぁー。
俺の口からも似た響き。ありゃ、伝染ったか。

W杯太一司会の番組のイメージソングになった曲や長瀬のドラマ曲であれよあれよって
間にか俺らの『超代表曲』になったシングル(なんと春のセンバツの行進曲にもなって
る)のお陰で歌での露出が多かった夏あたり、やっと叶ったライブハウスツアー、それ
から息つく間もなく作り込んだ新アルバム…音楽に縁の薄かった′05年の穴埋めだっ
て言うように′06年は活動の中心に音楽があった、だからこそ今回のダメージがデカ
いとも言えるわけだけど。

音楽は俺らにとって『麻薬』みたいなもんだ…言い方はまずいかもしれないけど。
距離があるときはそうでもないのに一定距離より近付くとこれ以上ないほど強い力で引
き寄せられる。


「見てよ」

差し出した掌。

「あベースだこ……………柔らかぁ」
「でしょ?」

本来なら今の時期が一年中で一番硬いはずの指先を触ってアナタの視線が哀しそうに伏
せられた。


「けど僕もや」

もちろん自主練してないわけじゃない。ツアーがなくても歌番組もあるしレコーディン
グだって入る、怠けると指はてきめんに動かなくなるから。
けど、どうやっても質・量ともに全然例年に及ばない…切迫感も張り合いも全然。
そしてこんなささいなことにまた凹む悪循環。

事務所側からの『春ライブなし』って提案にシゲやメンバーとはもちろん上層部ともス
タッフとも『何が今考えられるベストなのか』について何度もめちゃめちゃ真剣に長時
間話しあった。

『その結果』が現在だと言われればそれまでなんだけど…。


「『俺らのスケジュールを合わせんのが大変』て………そんな言葉がこの時期のライブ
が無理な理由の上の方にくるなんてねぇ」

たしかに5人とも結構いろんな方面で評価してもらってるらしく活躍の場は年々広がっ
てる。
今年も使ってもらった年明けの12時間特番に、松岡が高所恐怖症を圧して挑んだ大掛
かりなイベントに……それは本当にとても『ありがたいこと』なんだけど。

「よかれ、思て受けた仕事が結果的に一番やりたいことの枷になるなんてなぁ…本末転
倒の見本みたいやん」
「ほんと、結果的に自分の首しめてりゃ世話ないよね」



自嘲とため息ばかりじゃしょうがねぇ…気分を変えなきゃ。




ふと思い立ってコンポ横のラックを探る…あ、これこれ。
何をはじめるのかとけげん顔のアナタをよそにCDをセットしスタートのスイッチを押
した。

流れ出すどこかで聞き覚えたイントロとメロディー。


「…あ」
「懐かしくね?」

スピーカーから流れてきたのは昔俺らが気に入ってた曲。
アニメのエンディングでそのアニメ自体たいしてヒットした訳じゃなかった気もするけ
ど俺らは一時期ヘビーローテで聞いてた。アニメに使われてたのは2番の歌詞。

「懐かしいなぁ、たしかええと…『風にあそばれて』やったっけ」
「そんなタイトルだと思うよ、えっと『Wind Climbing〜風にあそばれて〜』だって。
グルグルのエンディングだったよね」

言ってる間に曲が終わる。

「もっかい聞いてもええ?」

リクエストに応え1曲リピートモードを選択してアナタの隣に戻った。


徐々にリズムを取りだした右足…だんだん思い出してきた?

何度目かのリピート、透き通ったアーティストの声に合わせ口ずさみはじめたシゲ。

なかなか思い通りには行かない今日だけど、
歩きやすい平らな道のりじゃたぶんきっとつまらない♪

そんな意味のサビの続きを引き取って歌う。

キミと一緒に生きてくための明日だから
アップダウンにあふれて『這い上がる』くらいでちょうどいい♪


くくくく…顔を見合わせなぜか笑う。
音域の広い曲で歌い切れるといい気分なのは昔も今も同じ。


「結構覚えてるもんやなぁ」
「だね。懐かしいでしょ?」
「うん、めっちゃ懐かしい…いったいどこにあったん?」
「前、ラックの整理してて見つけてさ。いつか驚かそうと思って」



「ジブンのとこにあったんや…よう聞いたよなぁ、あの頃。たしかちょうどデビューし
てすぐの頃やってたんや」
「そうそう、なけなしの金出しあって買ったんだよね。なんだか『サビの歌詞今の俺ら
にめちゃめちゃぴったり〜』とか言ってさぁ、すげぇ気に入ってたじゃんアナタ」
「そんなんおまえもやん」


並んで思いを馳せる。
念願のデビューが決まった途端に今度はすべてがいっぺんに『せーの』で動き出して、
予想外の速さのその波に飲み込まれ無我夢中、くるくるくるくる踊らされてた気がした
あの頃。
『所属事務所にしては』と言われた売り上げ枚数、覚悟はしてたけどブッキングされる
スケジュールをただがむしゃらにこなすだけの日々。デビューした途端すり寄ってくる
名も知らない奴ら、今じゃ信じられないほど純でどっちかと言うと『幼い』って形容詞
の方がしっくりきてたあいつら…本人達は全力で否定するだろうけど。




「いろいろあったなぁ」
「あったねぇ」

あの頃のざわざわした空気までメロディーと一緒によみがえってくる感じ。

「『ここで俺らふたり踏ん張らねぇと』そんな場面も結構あったよね」
「…そやな」

飛ぶように過ぎていく時間、自分達の意思を置き去って勝手に動こうとする物事に『流
されまい』そう願った日々…挫けそうな俺らに寄り添うようにこの曲が流れてた。



考えたら挫けなかったからこそ今こうしてられるんだよな…そのことの不思議、それか
ら今日みたいに凹んでも『俺らの声』は今の方がずっと遠くまで届くことにも気付く。










「ループしてんねやね」

え?
突然シゲが発した理解不能な言葉。

「ループ言うより螺旋階段か、『音楽』のまわりをスパイラルに歩いてんのやろな……
………やから結局おんなじようなことに凹むんや」
「…」

シゲの言葉はシゲの理論で成り立っててシゲが自分で納得するための言葉だから今俺の
相槌は期待されてない。

だから俺もまた思考の海に沈む。






部屋に満ちるメロディーとアナタと俺と。











「やっぱこの歌はずっと俺らのテーマなんだね」

これが俺の結論。

「…せやな」

返ってきたこたえは短かったけど。







ふと感じるデジャヴ。
何度もシチュエーションが違うだけで似たようなシーンがあった、そしてたぶんおんな
じことを重ねていくんだろう、これからも。
始末書を重ねるたび『学習機能なんて有って無きがごとし』、そう事務所から嘆かれる
俺達だから。


じっと聞き入る横顔…触れ合う肩から緊張が抜けたのが感じられる。
温かい。

日だまりのような音とその温かさにどこか眠気さえ誘われながら思い出す。
足掻いてる隣にはいつもアナタがいた。


『キミ』と歩いてく明日だから、這い上がるくらいでちょうどいい〜♪ ♪

耳に残るリフレイン。






いつもの俺らに戻って笑うから、だから今はただしばらくじっとこうしていよう。
そんな、『らしくない』ことを思った。

                              end.



***
のんべんだらり、いつまでつづくねん!と思われた方、すみません; ライブがない!
と我々が凹む裏側でメンバーは?と考えたら浮かんできたお話です。

浮上しきれませんでしたが(平伏)
文中に出てきた歌の歌詞をそのまま引用したかったんですが音楽著作権は
調べれば調べるほど複雑で、お手上げ。

そこでトキ友なSさんにも頭を捻っていただいて原文のニュアンスをなくさない
ように考え考え『意訳』しました;


原曲に興味が湧いたといわれる方が居られましたら『奥井亜紀』『Wind Climbing』等
のキーワードで歌詞を検索できますのでやってみてください。

お読みいただきありがとうございました!


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