【scene: 五弦bass】





久々のオフ、のんびりすごしてるのはグループの中で一番長い付き合いなあいつの部屋。
薄い冬のひざしがカーテン越し差し込んで部屋を照らす…ただし部屋の主は今仕事中でここにはいない。 さっき単独で持ってる番組スタッフから慌てた様子で呼び出しがかかってバタバタと出て行った……久々にオフが合ったから曲作りでも、ってことで山口んちまでえっちらおっちらやってきた僕を一人残して。
代わりというように今僕の傍らにちょこんと居るんはあいつの愛犬じゅのん。じゃれついてくるでもなく、かといって飽きたと離れていくでもないそのお行儀の良さは飼い主のあいつに見習わせたいくらい。『楽器に触ってるときには声をかけても無駄』そう割り切ってるみたいな顔で僕が座るソファーの足下にちんまり座って僕を見上げてる。
寄り添うように在るぬくもりはエアコンが効いてる室内でも寒がりの僕にはとても心地いい。ごめんな、もうちょっとしたら山口も帰ってくるはずやから。

思いついてずっと抱いてたギターを置いて、気分転換にと勝手知ったる楽器スペースから持ち出したベースを爪弾いてみる。アンプにつないでる訳じゃないから手元でしか響かないけど、それでも静かな部屋に広がるささやかな共鳴。
自分の手によって生まれる音と脳裏の奥に刻まれてるあいつの音、それは同じコードだとしてもやはり微妙に違う。
思えばあいつがこの5弦ベースを最初にやり始めたのだってかなり前だ。たしか僕が一五一会に出会ったのと同じ時期だからアンビシャスツアーのことで…もう4年、いや5年も前になるのか。
いわゆる一般的な4弦のベースよりさらに低音弦が一本多いそれは豊かな表現力となによりあいつらしい力強さを秘めてて。
最初は僕が出会ってあの時あいつの家に持ち込んだそれ。『音の幅広がんでぇ〜』そう言いながら楽器を弾くことになる当人よりも説明してる自分がわくわくしてたのを鮮やかに覚えてる。

自称『日本一練習嫌いなベーシスト』なあいつ。努力を人に見せることを嫌う男は新しい出会いになかなか食いついてこなくて僕をやきもきさせて……結果あのツアーの後半の数カ所、それもピンポイントに『ALIVE LIFE』でしか使えなかった。
その5弦ベースをあいつは今回春夏通してツアーのメインで使っていた。

いくら気合いを入れて演奏したとしても『ほんとは弾いてないんでしょ?』そんな風にからかい交じりに今でも言われたりする。
番組の予算の関係でセッティングに人手も時間も取られるバンドは通常枠だと音楽番組と名乗ってはいてもほぼ「当て振り」な今のご時世。たまさかの生演奏の機会であるはずの年末の音楽番組での中継機材トラブルで音のバランスがおかしかった時に『初めて分かった、ちゃんと弾いてたんだねぇ』後日そう悪気ない顔で言われた時にはそのプロデューサーに軽い殺意を覚えた…もちろん表情に出したりはしなかったけれど。

僕らの本業はバンドだと、一番やりたいのは音楽なんだとデビューした当初から変わらず思ってるし地道に主張し続けているつもりだけれど、僕らが現実として音楽にかけられる時間は限られている。
もちろんドラマ、バラエティー、音楽、どれも大切な仕事だし全力投球で結果を出すのはプロとして当然だけど、デビュー十五年目の今にしてなんとか仕事における音楽の占有率を上げようと足掻いてる、それが現実だ。
だからこそあいつが自分の守備範囲とは言え更に新しい楽器にチャレンジするその姿勢に僕は心の中で『カッコええやん、さすが山口』と呟いた。あくまでも『心の中』でだけれど…あいつは結構すぐ調子に乗るから。
殊更どうだと主張することなくさらりとリハに持ち込まれたそれにみんな口に出さなくても刺激を受けてる。
今の状況に甘んじることなくもっと上を……上手くなりたい!と携帯日記で公言することで自分も、それからメンバーをも鼓舞した太一。
僕としてはとりあえずなるべく間隔をあけずにギターに触ることとギタリストの生命線である指や肩をいたわることを肝に銘じた。それでなくても元日早々みんなからこってり絞られたばかりだから。

「お願いだから次の機会があっても違う種目にして!」
「ギタリストが指痛めてどうすんですかぁっ」
「それとも今更プロボーラーに転身するつもり?」

正月特番の番組終わりの控室、ボーリング対決で指を酷使した僕に対して涙目で言い募る松岡、ずっと僕の指先を撫でてる長瀬、太一の皮肉は心配の裏返しってわかるからうなだれるしかない。そして山口は有無を言わせず僕を椅子に座らせ無言のまま腕から肩をマッサージし始めた。

「また肩に負担来てる……シゲさんこれ以上俺の寿命縮めないで」

低い声で僕の耳に囁かれた小さな声が山口の思いを伝える。
数年前ギタリストとしては恥ずべきことなのだけどギターの重さで肩を痛めた。それを知ってるのは山口だけ。だからこそ声を潜めての指摘だったわけだけど。
部屋の一隅に僕のために置かれてるダンベルはここでも心おきなくトレーニングができるようにという配慮で、更にはまた故障したら許さないよ?というあいつの無言の要請もしくはプレッシャー。

心配してくれてありがとぉ、そやな僕はギタリストやったわ。

「ん?」

置物みたいだったじゅのんが急にそわそわしだした、そぉかもう帰ってくるんやな、あいつ。
もうすぐ部屋はさっきまでとは比べ物にならないくらいにぎやかになる。
帰ってきたあいつは僕が抱えてるあいつのベースを見てなんて言うだろう。

ピンポーン

鍵を持ってるくせに無精するあいつ。
ベースを抱え手櫛でなんちゃってリーゼントを整えながらテーブルに置きっぱなしだったあいつのサングラスをかける。
僕はあいつの第一声を予測しながら玄関に向かって駆け出すじゅのんに続いて歩き出した。


                        end.

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