* 『深呼吸』 *






「「お疲れ様〜」」

やり切った!という充実感の籠った挨拶がその瞬間あちらこちらで交わされた。

「いやー君達ならどんな絵コンテを切っても大丈夫だし、いい『絵』が撮れたよー」

監督の言葉に肩の力が抜ける。拍手してくれるスタッフ、あいつから差し出された掌に
ハイタッチ。このCMのロケももう3回目。スタジオを含めると撮影回数はそれ以上だ
から呼吸もぴったりだ。撤収作業にかかる彼らの邪魔にならないようふたりして移動し
ながら僕は大きく伸びをした。







「わかりました、そうですか…いえ、お手間掛けさせて。ええ…ありがとうございま
した」


撮影終了が早まったのに帰る便を変更しようにも飛行機が満席…という返事に溜息を隠
しながら『まぁこんな機会滅多にないしちょっとのんびりしますわ』と電話を切った…
ほんとは早く帰りたかったけど仕方ない。
昼間撮影の合間に見た海の青も空の青も東京とは比べられない程深かったからそれをぼ
んやり眺めるのもたまにはいいかも、なんて気分を切り換えた。

いつも活動的なあいつはホテルに入って以来姿を見ない。あいつのことだからこっちの
仲間と連絡を取って出かけてるんだろう。

だから夕日の沈む海に独り散歩に出て見る事にした。

?

ざざ…ざざ…ざざ…



降りてきたホテルのプライベートビーチは人影もまばらで向こうにカップルや貝殻でも
拾ってるんだろう親子連れが見えるだけ。
だから僕はこうしてのんびり潮風に吹かれながらデッキチェアでビールに煙草、なんて
のを満喫してる。テーブルには氷で冷やされてるビールとワイン。
こんなのを見られたら間違いなく『何様だよ』だの『スカしすぎ』だの松岡の餌食にな
るのは分かり切ってるけど………ここには僕独りだから。

「たまには海ってのもええなぁ…」








「………………………………だから言ってんじゃん。いつも行こうって」

独り言に返ってきたいらえに驚いて振り向くと…なんだかむくれた顔の山口。

「ぐっさん…どないしたん?」
「なんで独りで出てくんだよ。声くらいかけてくれてもいいじゃん」

どれだけ探したと思ってんの…そう続けた山口の額には確かに汗が光ってる。
どかり、ともうひとつのデッキチェアに座りこみ僕のビールをひったくるように流し込
んだ。

「やってホテルに入ってから姿も見ぃひんしこっちの仲間と会うてんのか思たから…」

別に『独り』を意図して行動した訳じゃないのに語尾が言い訳がましくなるのはなぜだ
ろう。

「ふーん」

横目でにらんでくる瞳。見透かすような目でこっちを見るな。

「別に他意なんかないで?」

見返す目にふぃっ、と視線を断ち切ってこいつは目を伏せる。尖ってる口許。弟分の仕
草が二重写しになる。

「それより。そしたらオマエ今までなにしてたん?」
「…爆睡。今朝くる前に一波乗って来てたし」

終わったぁーってベッドにダイブしたらそのまんまさっきまで、と鼻の頭をぽりぽり掻
いてるこいつ。

「そうやったん、そら声かけんで悪かったなぁ…………………そう言うたらオマエ今回
ボード持って来てないんや、事務所が『あかん』言うたん?」

この前種子島のロケの時はいそいそと板を抱えてたのに。

「いや、聞いてねぇ」

むすっとしたままぶっきらぼうにこたえるこいつはまだ口をへの字に曲げたまま。

「……………………だってオレがボード持って来たらまたシゲ先に帰るだろ」

さっきだってさっさと独りチェックアウトしたのかって焦ったのに…そう続けた山口
にすでに帰京便変更を断られたことは口にしない方が良さそうだった。

「そりゃ波も逃したくないけど」

さみしいじゃん…そう視線を海に向けたまま呟いた横顔。
僕は前回『変更して先に帰る』と告げた時のこいつの顔を思い出していた。確かにあの
時あっけにとられた顔しとったけど…。

「こんなきれいな景色でしかも泊りなんて滅多にないんだしたまにはゆっくりしようぜ」

「………せやな」
「今の『間』はなに。いつも思うけど薄情だよねほんとさぁ…」

まだいじけた口調。













「ぁ、山口山口……日ぃ暮れる、お日さん沈む……きれいやなぁ」
「すげ…」

水平線に沈む夕日、なんて写真で見る事はあっても直接目にする機会はほとんどない。

「朝日はたまに見るけど感じが全然違うのな…」

そうか、サーフィンしながら日の出は見てるんや。
まわりの空も雲も海さえもすでに日本にはいなくなったというトキの羽根の色に染め上
げながら沈む太陽はすでに海に半分強その身を隠し背後に夜を連れてきていた。

グラスにワインで仕切り直し。少しずつ濃くなっていく闇の色。

「ほんまのsunset、やなぁ」

滑り出した言葉はそんな必要もないのに潜めた響き。視線は名残りの太陽に固定したま
ま。

「…終わってまた始まるように、か」

あの歌は今のこの情景に一番似合う気がした。山口も同じ事を思ったらしい。

「歌入れの前に長瀬にやぁ…『なんでサンライズサンセットじゃだめなんすかね』って
聞かれてん。あん時なんてこたえたんかなぁ、けどやっぱり違ゃうよな」


「そんなこと言ってたんだ…………………長瀬らしいねぇ。陽が昇って沈む…それじゃ
一日が終わったって歌じゃん」
「ミュージカルの主題歌にはあるけどや」

サンライズ〜サンセット〜と口ずさむ僕に『しぶいねぇ』と笑うオマエ。

「陽が沈んだってまた昇って次の日が始まるみたいにおんなじことを繰り返しながら、
でも日々一歩一歩進んで行こう……みたいなコンセプトで、って説明するんがすごい
難しかった気ぃする」

それにサンライズサンセットやったらどうやっても『終わってまた始まるように』には
ならんよな?窺った先には苦笑する横顔。

「長瀬の読解力はほとんど『野生の勘』だからなー」

でもその『本能』が出すこたえがいつも本質から大きく外れてないのがすごいけどさ。
褒めてるんだかけなしてるんだかわからない言葉……的確な表現な気はするけど。
だけど。

「いくらなんでも『野生』て…」

言い過ぎ。

「だってその疑問をぶつける相手にあなたを選んでる時点ですでに嗅覚働かしてるじゃ
ん。一番上手に聞いてくれて一番わかりやすく説明してくれる相手、としてシゲを選ん
でる」

だって感覚的にわかってはいてもオレそんなに分かりやすく伝えられないし、そう苦笑
するオマエ。

グラスに満たしたワインを飲み干し、また海に視線を戻した。

「こうやって夜になってくんや…。」

昼と夜との境界。陸風と海風の境目、ひとときの凪。一瞬エアポケットに入ったそんな
錯覚。
こんな時なら言えるだろうか。

「なぁ、このCMのロケももう3回目やけどやぁ……たまにはジブンが主役やっても
良かったんちゃうん?」




「え?なにそれ」

なんのこと?そう言いたげな憎たらしいほど白々しい笑顔。

「爽やかさで売るんやったらぐっさんの方が『爽やか』やん。やのになんでいっつつも
一歩引こうとすんの?」
「……そんなの考えてねえよ」
「やったら………」

頑なに海を見つめたまま言葉を継ぐあいつ。

「いいの今回オレは自分なりに掘り下げて『見守る役柄』ってのを演じてんの。そのつ
いでに『いい人キャラ』だけじゃないシゲ、のいろんな顔を引きだしてやろうと思って」


お互い一緒にいるほうがリラックスできるでしょ?…そう続けられた言葉は押し付けが
ましくなく、そっと差し出される響きで僕の蝸牛を撫でていく。

「…なんやねんそれ。よぉ分からん奴ちゃなあ」

嘯いては見るけれど、それはせめてもの照れ隠しだと自分で分かっていた。
確かに単独でやるCMより隣に互いに知り尽くした相棒がいてくれるほうがずっとやり
やすい。

「オレが分かってるんだからいいの」

シゲ専属のプロデューサーよ、スゴくねぇ?そう言って笑うオマエ。

新しい煙草に火をつけ視線を遊ばせる。
凪の後の海風にちょっとのびた前髪を靡かせ目を細めてるオマエ。手にはちゃっかり追
加したビール。いつの間にかこの景色の中に違和感なく溶け込んでる。

眼前には輪郭すべてを海に沈めた太陽の置き土産、セルリアンブルーの空。ひと足早く
より深いネイビーに染まっていく海。

そして…。



それを視界にすべて収めながら僕は帰京便変更未遂なんてすっかり忘れて天からの賜物
みたいなこの時間と空間を心から楽しんでいる自分に気が付いた。

結果オーライ、すべて世は事も無し………………そう心の中で呟く。
東京から数百キロ、時の流れかた自体がいつものそれとは違う気がするこの島で味わう
『深呼吸』の時間。これでここにギターが有ったら言うことないんやけどなぁ、そんな
ことを思いながら僕はもう一度深々と息を吸い込んだ。


                            end.

*********************

家出した『欠片』の回収に手を貸して下さった方への心ばかりの御礼その一。
リクは『沖縄ロケ』の裏話、でした。
この後ものんびり&まったり………………それでも、我慢しきれなくなったぐっさんに
引き摺られて早朝サーフィンを見学させられてそうな茂さん、そんな予感がします………。(汗)

本当に本当にありがとうございました!!

                        2005.07.11








感謝の部屋index


top

















カウンターホスティング転職