「シゲ。膝貸して」

真横から聞こえてきた聞きなれた声に
城島は思わず声のした方向に首をめぐらせた。
そこには自分の相棒と言われる、グループ一頼りになると
メンバーからも一般人からも言われている男の
見事なまでのアイドルスマイル。
その彼からの唐突な願いに
へ?と間抜けな声を出す暇もなく
城島の膝に結構な重みがかかってきて
あっという間に城島の膝は山口の簡易枕と変わってしまう。

「・・・いきなりどうしたん?」

突然の出来事に思わず硬直してしまった城島を見上げながら
山口は1つ、城島に聞こえない程度に小さな息を吐いた。


きっと、これも、多分、日常。




しんと静まり返った楽屋。
互いの微かな呼吸音と備え付けてある時計の秒針が刻む音だけがある
そんな静かな部屋に存在してる二つの影。

普段は賑やかな楽屋もメンバーの半分
つまり2人以外誰もいないとなると流れる空気は自然静寂をまとって
時間の流れも比較的緩やかなものになる。
実際には時間が流れる速さに緩やかも忙しいもないが
そこはそれ体感的なものだ。
城島も山口もカメラが回っている時は比較的饒舌な方だが
こういった自由時間に置いてはあまり口数が多いほうではない。
特に城島と山口が一緒にいる時などは
会話が必要な時を除けば意外なほど喋らない時が多かった。

最初は本当どうかしたのか?とか
何かあったのか?と聞いてきた城島も
山口が起きているのに返事を返さないことを悟ると
諦めたように無言のまま先ほどまで見ていた
本日の進行表を見つめながら時々何かを書き込む作業に戻っていた。


かりかりと何かを書く音。
ページをめくる音。
時計の秒針。
城島が呼吸するたびに微かに動く大きな温もり。
時々頭を持ち上げて位置を変える度に聞こえる
自身がたてるさらと耳に届く髪がこすれあう音。

全てが静寂の中で調和し
まるでそこだけ空間が切り取られたかのような奇妙な浮遊感と
微かな違和感と、確かな安堵を感じて、山口はそっと目を閉じる。


何かがおかしいと山口が自身について
疑問を持ったのは数日前。
個人の仕事をこなしながら
何かが違うと感じてしまう部分が存在しているのに気が付いた。
けれど、ではその理由はと己に問いかけてみても
原因も理由も分からない。

それは奇妙な違和感だった。
自分は自分としてそこにあるのに
自分の一部が自分の外側に向かって剥がれていっているような
痛みはないのに寂寥感だけが募って
ぽっかりと穴が開いたようなそんな感覚が身体中に広がってる。
しかし、その正体も理由も山口には分からなくて。
最初は何か自分に弱気になるような出来事があるのかとも思ったが
周囲にも自分にも思い当たるものがない。
なのに、原因不明な何かに少しずつ浸食されているような感覚が
いつまでたっても、仕事でもプライベートでも
波の上に立っているときでさえも、消えないのだ。

「山口・・・?」
きゅっと噛みしめた唇に気づいたのか。
もしくは膝の上で身じろぎした山口の身体が強張ったことに
膝にかかる重さで気づいたのか、城島の声が1トーン低くなる。
先程までの穏やかに、でもどこか面白がる口調で
問いかけてきた時のような柔らかさはなく
声に心配や不安といった少し冷たいものが混じる。

城島の声は柔らかい。
少し擦れたような声質なので透明度を求められるメインには
向いていないが彼の声には独特の存在感がある。
喋り方も西の訛り独特の一種のきつさをカバーするリズムがあるので
そんな声に癒される、安心すると語るファンも多いと聞く。
彼に話を聞いてもらうだけで何か解決するような気がすると。

しかし、山口には誰かに自分が抱いているだろう
違和感を訴えることは出来なかった。
下らないと言われるかもしれないが
メンバーであっても色々な意味で告げることなどできず
城島にはなおのこと言えるはずがなかった。

ただでさえ最近新番組も始まって色々と多忙の城島に
これ以上の何かを負わせるわけにはと思うのも事実だが
多分、大半が自分の立ち位置のためだ。
不安というのだろうか。
最近足場が揺れているような感覚に陥ることがある。
理由は本当によく分からないのだけど。


TOKIOを支えているのはリーダーではなく山口君。
世間から認識されているのはそんなイメージだ。
メンバーの中ではまた別の解釈があるのだが
グループの大概的なイメージに山口が城島を支え
そんな城島を更に他のメンバーが支えているというものがあるのは間違いない。
そんな大げさに全てを背負っているというつもりは山口にはないが
グループの骨格を担っているような意識があるのは確かだ。
それは決して城島が頼りないというわけではなくて
(まぁ不安になることは多いが)ただ役割が違うだけなのだ。
それは分かってる。今更確認したいわけでもない。
納得だってしている。

けれど、何かが、時々、ひどく、重い。


「見えんもんを無理に見ようとすれば疲れるよ」

ふわと瞼の上に感じた温もりが山口の閉じた世界に影を落とした。
感じるこれは城島の手のひらだろうか。
瞼にじんわり感じる人肌の温度。

「山口。これは僕の独り言で間違うてるかもしれんけどな。
見えるものと見えんもんをひっくるめて
全部見ようとするのは違うんやないか?」

もう片方の手が山口の首筋に落ちた髪を1つ耳にかける。
耳元をくすぐった感触に、まるで恋人同士のようだなと
随分と場違いなことを考えるが
何故か城島の手に覆われた瞼を上げようとは思えなかった。

「見えんもんは見えんでええやないか。
無理に暴いたら壊れてしまうかもしれんし。
山口は器用やから壊れても直せてしまうかも知れんけど
それで見えるもんまで見えんようになってしまったら悲しいやん」

ふわ、と見えないのに何故か彼の顔が見えた気がした。
彼はきっと真剣な顔をしてこちらを見下ろしているのだろう。
ギターを奏でる時とも、TOKIOのリーダーとして打ち合わせに
参加している時とも違う、ひどく真剣な顔を。

「無責任かも知れんけどな。
僕は山口が見とるもんは綺麗だと思う。
だから僕はそれを見ててほしい思う。
綺麗なもんばっかり見てればいいってわけやないんやけど
綺麗なもんの方が見やすいのは確かやしな。
けど、山口が今見ようと必死で目ぇ見開いて捉えようとしてるもんは
本当にお前が、お前だけが見続けようと目開けてないとあかんもんなのか?」


抽象的な言葉だった。
分かりにくい、意味が通らないような
太一が聞いたら分かりやすく言えと怒り出しそうな。
けれど。


「お前が見えんもんを、代わりに見てと
自分で手に持った重たいもんを
少しは僕らにも持ってと言うことは、お前には難しいか?」


見えないから見えるものがあるように
分かりにくいから届いた声があった。




城島の手が瞼から離れて閉じた瞼の裏が明るくなる。
瞼を照らすようなそんな光に誘われるように目を開けたら
やっぱりそこに思い描いたとおりの城島の顔。
表情を消した、けど、そこに無機質と言われるような冷たさはない。


「山口はなまじなんもかんも出来るから
皆がそれに期待して寄りかかってしまうもんなぁ。
僕もそうなんやけど、皆がお前ならって期待してしまう。
山口にだってしんどい時はあんのに
お前はそれを上手に見せんから
更に皆がお前に寄りかかって全部預ける。
お前が笑って持ってくれるから持たせてしまう。
その悪循環やったんやね」


気づかなくて、すまん。

そういって頭を下げた城島の瞳には紛れもなく傷と苦しみの色があって
それだけは違うと言いたかったのに、言葉は出てこなかった。


「俺は・・・」
「うん、なんとなくなんやけどわかっとるよ。
山口は特別苦痛を感じてるわけやないってことも」

言いかけた言葉を遮って顔を伏せたまま城島は言葉を続けた。
珍しいことだった。
城島が他人の、特に山口の言葉をあえて遮るようなことは。

「でも痛みを感じないから苦しくないわけじゃないやろ?
今のお前は、神経が切れた状態で嵐の中に立ってるように見える。
痛みはないけど、嵐の中で確実に傷がついてる」

ふわと城島の指が山口の頬に当てられる。
傷つかないように指先だけで微かに触れる、そんな触れ方。

「少し目を閉じて立ち止まってもいいんよ。
見えんもんを見えんと、重たいもんを重たい言うて
僕らに差し出していいんよ。
全部お前が見なくてもいい。全部持たんでいいんよ。
お前が見るのに、持つのに必死で傷だらけになって
僕らがなんも見んと持たんと、無傷なんておかしいやないか」


どんなに頼りなくても、僕らはお前に全体重をかけて
寄りかかってるわけじゃ、ない。


伏せられた顔から一筋落ちた水が山口の頬を伝う。
人肌の温もりを持ったそれはすぐに冷たくなって
思わず見上げた先にはもう何もなくなってはいたけれど。
頬に伝ったそれは確かに城島が落としたものだった。


「・・・・・・・・・・・別に無理してたわけじゃないんだけど」
「そうやな。おまえ自身、気づいてなかったもんな。
僕も・・・・気づけんかった・・・」

悔しそうに歪む彼に手を伸ばす。
眉間によった皺に触れれば、彼の顔が少しだけ緩んだ。




TOKIOを支えているのはリーダーではなくて
間違いなく山口君だよね。


今にして思えば些細な一言だった。
誰が言ったのかももう分からないような、そんな言葉。
きっと世間の代表のようにイメージされているTOKIOの力関係を
あっさりと表しただけに見える、メンバーでも、城島自身も口にした、そんな言葉。

でも、いつのまにか、それが、当たり前のように、真実みたいに、根付いていた。
世間に、メンバーに、山口自身に。
そしてある時、突然根付いた根っこの一本が、違う方向に根を伸ばし始めたのだ。

つまり、TOKIOを支えるのは山口達也(しかいない)、と。


己に根付いていたそれに気づいて愕然とする。
いつのまにそんな意識が生まれていたのだろうか。

「・・・・なんだよ・・・・それ・・・・・
なんで俺・・・そんなこと・・・・」


TOKIOを支えているのは山口君(自分)。

それは真実ではなかった。
支えているのが確かな事実ではあっても。
1人で4人を支えているなどありえなかった。

「そうやね。太一や松岡も長瀬だって、聞いたら怒り狂うで。
確かに俺達は頼ってるけど、全部預けちゃいないよってな」

ふっと城島が軽口を叩くような声色で山口の額をつつく。
いつもの彼がそこにはいた。

「僕らもあかんかったんやけどな。
お前がいっつも笑ってどんとそこにいてくれるから
どんなに気を張って立っていても
お前にだけは寄りかかってしまう。
負担かけてしまってた。それだけはほんま悪かった」

人と人との関係は助け合いと寄り添いあいで出来ている。
グループ活動なんてその典型パターンの集合体だ。
何かしらリーダーやまとめ役がいないと
グループはすぐに個々に散らばってしまう。
でもそんな中で一人だけが全部背負うのは、ただの自己満足なのだ。
皆が違う役割を持って、違う形でグループを支えているのだから。

「そうか・・・ずっと・・・引っかかってたのは・・・俺の中の意識か」
「にしても、山口らしくないなぁ。
いつものお前なら俺に全部押し付けないでよ言うて
僕達にも分けてくれるのにな」
「ホント・・・・・俺らしく・・・・ないね」

ふと言われた言葉をしつこく覚えていて
意識が奪われたのは何故だったのか。
理由は分からない。
季節のせいというものでもないのだろうけど。
ここ最近の違和感を伴う軋みは多分それに由来していたのだろう。

背負おうと、支えようと、一人で全てを抱え込もうとして
でもそんなことを許してくれるメンバーでもないし
それが出来るほど山口の手は大きくなかった。

けれど、届いた声があった。
届けられた思いがあった。声があった。
根付いていた小さなもの。
方向を間違えてしまった、小さな根。
けれどもう、きっと、その方向は、今、修正された。
だから、ちゃんとあるべき場所にその根は還れるのだろう。

「・・・・ね、もう少しだけ・・・・俺の目。塞いでてくれない?
見えないものを見ようとするの、止めてくれない?」

頭を再び城島の膝に戻し山口は小さく呟く。
頬が熱い。
恥ずかしさからなのか、嬉しさからなのか分からなかったが
これ以上見られないように横向きに身体を移動させて願った。


「お疲れさん、達也」

今では滅多に呼ばれない呼び方をされて
更に頬が熱くなる。
そうして再び山口の視界が薄く閉ざされる感覚を感じて
山口は再び目を閉じた。

瞼の裏は闇。
けれどその暗闇は温かくて
微かに聞こえる城島の鼓動がただ耳に心地よかった。


きっと、これも、多分、(珍しいけど)、日常。


END


***

メールのやり取りの中で頂けることになったお話。お見せした画像から妄想してくださいました。
拝読して感じたのは『リセッタって深いなぁ』でした。
元々そんなに饒舌なたちではないふたり、そして一番密度の濃かった日々の喜怒哀楽の
ほとんどを共有してきたであろうふたりの空気がぎゅっと詰まっている感じがしました。
壊せないふたりの、ふたりだけの時間。リセッタ特有の空気、ですよね。


泉沙羅さま、お話&掲載許可ありがとうございました!

ブラウザを閉じてお戻り下さい。




























































カウンター