- CARE -




「もう今はそれぐらいにしときなよ」

次の動作に移ろうと伸ばした右手首をやんわり掴まれて僕は顔を上げた。

「…松岡?」

思いもよらん、あいつのテリトリーでもなんでもない場所にいきなり現れた松岡に目を見開く。
あっけにとられてできたんはただあいつの名前を呼ぶことだけ。
そんな僕の様子を松岡は普段の饒舌さはフェイクかってくらいなにも言わずじっと見つめてくる…その表情はなぜかどこか苦しげで。

何でそない悲壮感漂わせてるん?

「とにかく今はいったん休めなよ、腕。とりあえず、って区切りはついたんだしさ。それに手首だって熱持ってんじゃん…そりゃ、あの結果はリィダァにとって納得いかないもんだったんだろうけど」

僕を気遣って言葉を選んで喋る松岡。
言い当てられたその言葉に僕はくちびるを噛んだ。

***

新年初っぱなの生特番、5人が各自特訓してそれぞれの道の一流アスリートに挑むその収録を終えた後の楽屋。
スタジオに用意された生対決の興奮の余韻も覚めやらぬ賑やかさの控え室からそっとフェードアウトしてくあの人に気づいたのはどうやら俺だけだったらしかった。

見慣れた黒いキャップ頭、軽い会釈だけで無言無表情なリィダァの後を追いかけるあの人付きのマネと廊下でぶつかりかけて、俺に謝りながらもリィダァを見失わないよう走ってったマネの焦った表情がどこか引っかかった。

「お疲れ、もう帰り?」
「すみません!あ、松岡さん。いえ、多分違うと………失礼します」

言葉を濁して小走りに背中を追う姿はいつもとは違って余裕がなくて、見送ったこっちまで落ち着かない気分になる。

なんだろうこのグルグル、モヤモヤは…なんだ?この嫌な感じ。
プロデューサーに呼び止められて立ち話、すれ違う共演者と挨拶を交わし談笑、控え室に戻りたわいない会話を交わしながら私服に着替えて…日常の動作に滑り込んでも頭から消えないその感覚。

「ごめんちょっと急ぐから…じゃ、またね」

この感覚は実際遭遇してないとわからないだろう。
だからまだ賑やかな3人に手を上げ歩き出しながらさっき焦ってた彼に電話を入れて見た。

「……」
「…………」

短いやりとりで電話を切って俺は地下駐の運転席でハンドルに腕を置き溜め息をつく。

「なんだってこうめんどくさいんだろうねあんたは」

ひとりごちたけれど気づいたのが俺だけなら仕方ねぇ。放っては置けないし今だって俺の胃は『急げ、急げ』と俺をせき立ててる。

「しゃあねぇなぁ」

そう呟いてそんなこんなでたどり着いた先はさっきまでスタジオと中継がつながってたボーリング場。

ほっとした顔で迎えてくれたマネに状況を聞いてまだ仕事が残るマネを帰す。そしてひとり黙々とボールを投げ続けてるあの人を見つめながら考えた。

俺がやったゴルフのパット対決、兄ぃのアーチェリー、そしてボーリング……場を盛り上げるためにと用意された生対決(俺らと違って対決の場はスタジオじゃなくリィダァひとり移動した場所からの中継だった)で唯一結果を残せなかったリィダァ。

スタジオはみんな敗れはしても果敢に攻め続けたリィダァの姿勢に喝采を送ってたけど、それはあの人のこころにどうやら届かなかったらしい。

もともと俺たちは事務所の中でも飛びっきりの負けず嫌い集団でその中でもリィダァは表面にコーティングているのほほんとした穏やかな柔らかさと本質のギャップに俺らでもたまに驚かされるくらいの king of負けず嫌い だ。兄ぃみたいに天性の持って生まれた器用さとは縁がないけどその分それを補うだけの集中力を備えてる。

リィダァが構える。滑るように足をスライドさせて……5歩でリリース。
放たれたボールは弧を描きながら快音を立てピンをなぎ倒してく。

たしかに生きてくのに『苦手』は少ないに越したことはないし、俺らが住んでんのは弱肉強食なんて法則がもっとも当てはまりそうな世界だからリィダァの抱く危機感、もしくは焦燥感もわからなくもない。
それに考えてみたら生での対決であれだけ緊迫した空気をつくるには実際にはあのスコアの二割か三割増しをある程度コンスタントに取れる実力が必要な訳で……リィダァが苛立ってんのはもしかすると力を発揮しきれなかった自分に対して、なのかもしれない。そんなことを思った。

ごめん、リィダァ。
だけど俺は今ここであんたを放っとく訳にはいかないんだよ…早く止めろとせき立てる俺の胃の為にも。

声かけと共にそっと掴んだリィダァの右手首は思った通りここんところの酷使に悲鳴を上げてた。

「とにかく今はいったん休めなよ、腕。とりあえず、って区切りはついたんだしさ。それに手首だって熱持ってんじゃん…そりゃ、あの結果はリィダァにとって納得いかないもんだったんだろうけど」

そういうとリィダァがきゅっと唇を噛む。

「ほっといてくれへん?」

そっぽを向いて嘯くあんたはいつもに輪をかけて5割増し頑なで自分の周りに俺らにだけはわかる半透明なバリアを張り巡らしてて…ほんといったいどこまで意地っ張りなのよ。

「あのねぇ、放っとける訳ないでしょ。っていうか今このあんたの状況を見てそのまんま見過ごせるメンバーがもしいたとしたら逆にお目にかかりたいよ」

思わずこぼれた本音。誤魔化すように殊更軽い調子で言葉を継ぐ。

「この場合気づいたのが俺だけだった、ってのはまだ幸運な方だったんじゃねぇ?太一くんあたりだったらこの10倍は小言くらってるよ、たぶん」

説教する太一くんがリアルに浮かんだんだろう、リィダァが思わずといった風に首をすくめた。
あ、ちょっとはこっちに帰ってきたね。それならここでもう一押し。

「リィダァ、俺らの職業っていったい何よ……指痛めたら一番まずい仕事のはずだよね」

普段そういう方面ではまず酷使されることのない指。手タレってのとは分野が違うけどこの手はとても大事なものの筈、俺らの『音』を生み出す為に。思い出して、リィダァ。

それでなくても年末進行で慌ただしいことこの上ない師走、音楽特番で顔を合わせるたびに増えてくテーピングを見てみぬふりをするのが苦痛だった、でも『もういい歳なんだから体いたわってよ』なんてジョーク混じりには言えてもそれ以上はプロの表現者として取り組んでるリィダァの領域で。

日を重ねるごとに増えてくテーピングがリィダァの指の状態を伝える。
ほら、本番を終えたってのにまたこんなにテーピングだらけじゃん。
悲しくなって俺はリィダァの右手を両手でそっと握った。

「帰ろ、リィダァ」

お願いだから…離せなくなった手に押し当てた額。







不意に頭に温もり。
リィダァの左手が俺の後ろ頭を撫でてる。

「……ごめんな。それから迎えに来てくれてありがとぉ」


その声に顔を上げようとしたらそれを阻むようにその手に力が籠もった。
なんなのよリィダァ。

「そやな、僕はギタリストやったわ。
忘れてた訳やあらへんけど…思い出させてくれておおきに」


その声とともに軽くなった頭。
顔を上げたころにはリィダァはもう俺に背を向け歩き出してた。

「リィダァ!?」
「なあ松岡……腹減った」


はぁっ?!


何その変わり身、そう思ったけどくるりと振り返ったリィダァはへにゃん、と眉を下げた情けない顔で笑ってて。

「あのねぇリィダァ」

がっくりうなだれた俺は、だけどリィダァの周りからバリアが消えてるのに気づいた。
そうかこれはあんたなりの歩み寄り方なんだねリィダァ。

「しゃあねえなあ、何か食わせてやるよ」
「リクエストしてもええんやったら松岡の雑煮食いたい」


「リクエストなんて大きく出られる立場かあんたは……………え、雑煮????」


慌てて時計を確認したら23:05。


「リィダァ急げ!!元日が終わっちまう!雑煮でも栗きんとんでもゴマメでもなんでも好きなもん食わせてやっから!!」


やっぱり日本に生れた以上今日は新たなはじまりの日だ。朝は時間なかったから雑煮は後回しだったし。
走ってリィダァを追い越し、痛めていない左腕を引っ張りながらなんだか笑えてきた。

やっぱり今年も一年この人の世話を焼いてるんだろうな、って。


「なんなん?なに笑ろてんの?松岡」


地下駐へのエレベーター、笑い続ける俺をきょとんと見つめるリィダァに不思議がられながらも俺は笑い続けた。
『笑う門には福来たる』っていうことわざもあるくらいだし今年もいい一年になりそうだ。


                                                               end.

***

元日放映の対決番組終了後、設定。

ブラウザを閉じてお戻り下さい。




























































カウンター